こまりさんの、はらぺこ手帖。

なんでもないようなことが、しあわせなんだとおもう。

ミシマダブル

贅沢な話だけど、ちょっと気が重かったのです。
ミシマダブル@シアターコクーン。



蜷川幸雄演出で、三島由紀夫作品2本同時上演。
1本は「サド公爵夫人」、
もう1本は「わが友ヒットラー」。
もちろん、ぜひ観たい!と前のめりになって
がんばって昼夜通しで手配をつけたんだけど、
この日が近づくにつれて、なぜかだんだん
腰が引けてきた(笑)。


昼夜2本とか3本とかは
歌舞伎でもよくやったことがあるし、
前は「エンジェルス・イン・アメリカ」も
1日中セゾン劇場にいたよな〜。
そう考えると腰が引けるのは時間の長さ的なことではなくて、
やっぱり、三島であることの「重さ」だったんでしょうかね。
あとはやっぱり「サド」のほうの


全 員 女 装


という演出に対しての「恐さ」。
だって平幹二郎さんとか、木場勝己さんとかさ…。


しかし、それはまったくもって余計な心配でした。
観てよかった。そうとしかいえない。
感想は後日まとめておかねばならん(自分のために)と思いつつ、以下、備忘録。
まだ大阪公演もありますので、ネタばれご注意です。








「サド公爵夫人」おぼえがき


● 予想どおり、今回も舞台後ろの搬入扉があくのだった。
  あいたところに、コカコーラボトラーズの配送トラック。
  斜め左向こうにカクヤスがあるかと思うとちょっと笑える。
● そこからの大道具さん込みのセッティングが面白い!
● サンフォン伯爵夫人(木場勝己)とシミアーヌ男爵夫人(大石継太)登場。
  芝居が、まだなんの状況説明もないうちに
  「来客をこんなに待たせてどういうつもりかしら」
  「いいじゃありませんの奥様」
  …的な会話から始まって、いったいなんなんだろうって思いつつ
  ドキドキする時間が好きですー。
  「聖女」と「悪女」が否定し合うことなく同じ部屋に共存できるのも
  上流階級ならではのきまりごとでカッコイイ。
  どうしてもコミカルになっちゃう継太くんの居住まいが楽しい!
  木場さん、中村芝翫か木場勝己かというみごとな2頭身ぶり。
● モントルイユ夫人(平幹二郎)登場。
  綺麗で上品で大仰でちょっと茶目っ気もある。
  ヒラさま圧巻!絶好調!
● モンルイユ家の女中シャルロット(岡田正)は
  いつも怯えたように身を小さくしていて
  (岡田さんのボディーはおっきいけど)、
  元の主人、サンフォンとの微妙な駆け引きがいい。
● ルネ(東山紀之)登場。
  さすがに顔ちっちゃいな(笑)。
  しかしドレスのおリボンはあんまり似合わないなあ…。
  ヒガシくんの昔からの課題、「声」はいまだもうひとつだけど、
  「貞淑」を武器として一途に夫・サド公爵をかばう姿は
  戦ってるみたいで力強かった。
● 1幕最後で登場するアンヌ(生田斗真)。
  観客にとって、ひとつの芝居にたったひとつの「瞬間」があるとしたら、
  私にはまさにこの場面でした。
  向こう10年、忘れられない登場シーン。
  無邪気で気が強くて奔放なアンヌは今の斗真くんにしか出来ない造形で
  ある意味「はまり役」だったと思う。
● 2幕、姉と妹のお手紙争奪戦ワロス==3!
● お衣裳替えして登場した木場さん、
  見事な出落ちを飾る(笑)が、
  もうねえ、どうしてあんなにさりげなくしゃべってて
  言葉が全部客席に届いてしまうんだろう!
  こちらも全力で、木場さんビジュアルでの想像の限界に挑戦…。
● 3幕。フランス革命
  奥様、だめだよアンヌと一緒に今すぐベニスにいきなよ、
  そんなこといってたら明日には市民に襲撃されちゃうよ、と
  『キャバレー』のシュルツさんに感じたのとおんなじ焦燥感。
● 部屋を出て行くアンヌが一度ルネを振り返る。
  いろんな意味にとれます。
● 年老いてもユーモアを失わないモントルイユ夫人は魅力的。
● サンフォンの1周忌で喪服を着るシャルロット。
  イヤで飛び出してきたはずの元の主人なのに
  サンフォン伯爵夫人が好きだったのか、と問われて
  はっきりと「はい」と答える彼女に胸打たれる。
● 屋敷の入り口まで訪ねてきているサド公爵。
  落ちぶれて醜くなり、しかし貴族らしい威厳も失わない稀有な姿を
  再現する岡田さんの台詞力がすごすぎる。
● 価値観が覆る衝撃。ルネの成長と最後の決断が
  誰も幸せにならない結末にも関わらず、どこか爽快。



「わが友ヒットラー」おぼえがき


● ふたつの芝居を、まったく同じ幕開け、幕引きで作っているのが面白い!
● しかもまったく違う役どころと演目。役者さんってすごい…。
● どこか人好きする青年としての優しい部分と、
  確実にどこかが「狂っている」冷酷な部分を併せ持つアドルフ(生田)。
  自分でもそのふたつを全くハンドルできていない青年の危うさでした。
  彼が政治家ではなく芸術家になっていたら、
  世界はどんだけ変わったか知れないんですよね。
● アドルフの親友、突撃隊長レーム(東山)。
  いってみれば「とてつもなく誠実な筋肉バカ」はアドルフと対照的で、
  その良くも悪くも暑苦しい感じがすごくよく出ていました。
● 左派シュトラッサー(木場)。
  「サド」とぜんぜん違う…いつもの木場さんだ。
  鳩にエサをやる芝居がとてつもなく上手い。
● 武器商人クルップ(平)。
  アドルフを父のように見守り、同時に操作しようとする大きさ。
  それが「レーム事件」のあと、無意識のアドルフに
  「レームの次はおまえが命令するのか…」と言われる場面のヒヤリ感!
● 幕切れのアドルフの台詞、
  「政治は中道でなければならないのだから」。むなしい。
  このあと、最も「中道」から遠い政治を敷くんだもんな…。


フランス革命下のパリと、大戦前夜のベルリン。
三島の想像力と氾濫する言葉、
それを再現する役者さんたちの力に圧倒されました。