こまりさんの、はらぺこ手帖。

なんでもないようなことが、しあわせなんだとおもう。

春の雪

映画『春の雪』を観ました。「今の人で、とても綺麗な作品を撮ったんだな」という感想で納得しようと思っています。たしかに綺麗でした。妻夫木さんにも竹内さんにもそれぞれの魅力があったし、絵柄も質感も決して安っぽいものではなく、とてもとても丁寧に作っていたと思いました。けれども、清顕と聡子ではなかった。『春の雪』ではなかった。というか、少なくとも三島の4連作『豊饒の海』の一部ではなかったと思うんだよなあ。語り部である本多繁邦が、繰り返し転生しては20歳でこの世を去る友人の運命を回避できないまま『春の雪』『奔馬』『暁の寺』の60年が過ぎ、第4部の『天人五衰』で聡子と再会したところで衝撃のどんでんがえしをくらうという、それが『豊饒の海』だと思っていたので、小さなエピソードがさしかわってしまうともう先へ続いていかない。でもこの映画、美輪明弘さんは褒めていらっしゃるんですよね。三島につながるものを美輪さんが褒めるのであれば、がっかりしたのはやっぱり私の自己責任なんだと思います。すみません。パンフレットを読んだら、行定監督は、あえて清顕と聡子のラブストーリーを際立たせてそのほかのエピソードを削りたかった、でも脚本家の意思とのせめぎあいのなかで、清顕の夢日記と「また会うぜ、滝の下で」的な輪廻転生の匂いを残すことにした、とのことです。ならばこの作品は、三島にモチーフを得たオリジナルな恋愛映画、として観たほうがいい。そう考えれば、古くて新しい、ほかにはない作品として愛せるような気もします。ちなみに、蓼科役の大楠道代さんはすごかった。田口トモロヲさんの存在感、タイの王子さまたちの天真爛漫さもよかった。それと若手ではただひとり、及川光博さんがものすごく自然に大正を生きていたと思います。