こまりさんの、はらぺこ手帖

なんでもないようなことが、しあわせなんだとおもう。

ご無沙汰

晴れました。暑いです。
京都から奈良行きの電車でひと駅、
東福寺駅でおりて戒光寺へ。
しばらくご無沙汰してしまいました。
すみません。


こちらには、幕末に、御陵衛士という名をたまわった
7人の方のお墓があります。
みな若くして亡くなっています。
がんばって先を読んで自分で道を選んで、でも負けて
志を絶たれて消えていくというのは、
いったいどういうことだったんだろう。
もろもろ知りたくて
おまいりをさせていただくようになりました。


しかし、わたくし虫にたいへん弱いんですが、
こちら虫のパラダイスなんですね。
あたりまえだよ、お墓なんだから(笑)。
でもがんばろうと思う理由に、
ここに初めてきたときに体験した
蝶の思い出があります。


蝶の思い出というのは、こんな感じです。


3年前の5月か6月、
地図をたどって初めてこのお寺にきたとき、
墓所に入ってすぐ左手にある
御陵衛士のひとり、藤堂平助の墓石に
枯葉色の若い蝶が、
ここですよ、とでもいう感じでとまっていました。
ヘタレな私は、普段ならそれだけで後ろへとびすさっているんですが、
そのときはなぜかその蝶がちっとも怖くなく、
蝶のほうも、私が近くにいてもずっとその墓石のそばから離れませんでした。


そのあと京都駅へ戻って、
西本願寺に近い油小路という通りにいってみました。
ここは、御陵衛士のリーダーである伊東甲子太郎
新選組の闇討ちにあって倒れ、
亡骸をひきとりにきた衛士たちもことごとく斬られたところ。
その場所にさしかかったとき、路地から
また茶色い蝶がふいっと現れて
あたりをひらひらしていたのです。


あら、と思いつつその足で今度は清水坂のほうへ向かいました。
ねねの道といわれるあたりを歩いていて
たまたま周りに誰もいなくなったとき、
またしても茶色い蝶が。
さすがに驚きました。
蝶は私を後ろから追い抜いて連なるお寺の門のひとつを越え
中に消えていったのですが、
そのお寺というのがほかでもない、月真院といって
御陵衛士たちが宿をかりていたまさにそのお寺なのでした 。


たぶん、この季節の京都はやたら蝶が多い
とかいうことだったんじゃないかと思う(笑)のだが、


そうと思えばそう思える


みたいなことっていうのも結構ありますよね。
私も、そのときまで
縁もゆかりもない人間の墓参って
どうなんだろうと迷っていたんだけど、
この流れでなんか
どうぞ、といってもらった気がして今に到るという
そんな感じなのです。


今日もおまいりのあと、本堂でのんびり。
落ち着くなー。
ここのご本尊は、のどから上の厄災から守ってくださいます。
おまえ異教徒だろう、と自分につっこみながら
新しい念珠を買いました。
白いやつ。素敵。


ちなみに
その東福寺駅からでたまんまえにたこやき屋さんができていた。
いや前からあったのか?
おかみさんがひとりで焼いている。
帰りにひとつ買って、ホームのベンチでいただいてみたところ…


うまい!うますぎる!十万石まんじゅう


この半生感。このだしの効かせかた。
きちんと火が通っているからキャベツもやわらかいじゃないの。
いやーこれからは大阪にいるあいだだけじゃなくて
京都でも素晴らしいたこやきをいただけるってことでしょ!
幸せすぎて怖いアゲイン!