こまりさんの、はらぺこ手帖。

なんでもないようなことが、しあわせなんだとおもう。

業界割り引き

ミュージカル『タイタニック』を観にいきました。


国際フォーラムのロビーに入ると
劇場スタッフの男性がみんな乗員の格好をしていてびっくり!
「プレミア席専用入口」なんていうのまであります。
開場して、お客様が入りはじめます。
それを横目に当日券の列に並んでいると、気分はまるで
先に乗り込んで行くお金持ちたちを眺めて
わくわくしながら乗船順を待っている三等船客のようです。


グレン・ウォルフォードさんらしい演出。
物語全体が俯瞰図的な群像劇になっていて、
誰が主役ということもないような雰囲気で舞台は進んでいきます。
しかし、題材がタイタニックというだけで
物語はすでに不思議な世界観を持つものなんですね。
沈むことがわかっている船を送り出すのは、
いつも、やっぱりつらいです。


船の設計士アンドリュース(松岡充)。
夢の客船をつくることで、なにかとてつもなく大きなものに
戦いを挑み、破れていく青年です。
いまにも船が沈没するというさなかに
床の上に設計図を広げて
「そうだ、ここの壁を高くすれば沈まない…ほら!」
と書き込んでいるときの鬼気迫る表情。
駆け込んできた年若いベルボーイ(原田優一)が
たまらなくなって設計図を奪い取り、
「逃げないんですか、アンドリュースさん!」
ベルボーイたちのほとんどはまだ十代半ば、
元気いっぱいに船上をかけまわっていた彼らはみな、
文句ひとついわず仕事をまっとうして
海に沈んでいったのだそうです。



ほんわりとしたのは、
人のいいボイラー係のバレット(岡幸二郎)と
おとなしい通信士ブライド(鈴木綜馬)の場面。


ブライドは、船同士の重要な通信のほかにも
船客たちの個人的な通信を請け負って打つのに忙しく、
内向的な性格も手伝って
ひとり通信室にこもりツー・トン・トン。
そこへバレットが、
自分もイギリスにおいてきた恋人にメッセージを送りたいと
こっそりたずねてくるのですが、
1通のメッセージを送るための料金は2ポンドとなにがし。
一等先客が毎夜「いまこのへんにいるよ〜」
「おみやげにチョコ買ってくからね〜」的な気軽さで打っているそれは、
ボイラー係にとってはアメリカ往復分の給料の2倍。


あきらめて帰ろうとした彼をブライドがあわてて呼び止めます。


ブライド「ま、待って、業界割り引きがあるから…」
バレット「いくら?」
ブライド「…タダ」


恋人への真摯なメッセージを口述するバレットと、
それを一所懸命に信号にして打ち込むブライドの
かけあいのナンバー「The Proposal」が優しいです。
この歌はブライドの内面を吐露するナンバーでもあって、
小さな頃から内気で
人とのコミュニケーションがとれなかった自分が
通信との出会いでどうにか外界と繋がることができるようになった、
というようなことも歌っているのですが、
ナンバーの最後に機材に耳をちかづけた彼が
わずかな通信音に耳をすませて


「(送り先に)届いたよ」


とバレットと目を合わせて微笑む瞬間が、とっても好きでした。