こまりさんの、はらぺこ手帖。

なんでもないようなことが、しあわせなんだとおもう。

グランドホテル

ミュージカル『グランドホテル』。舞台そのものは中日を過ぎんとするあたり、かつ、ダブルキャストのガイゲルン男爵が岡幸二郎さんにバトンタッチした初日でもありました。岡さんの歌が「すごい」なんていうのはいまさらジロー岡幸二郎なはずなのですが、なんというか、とてつもない新人の初舞台のその夜に出くわしてしまったかのような衝撃を受けたのです。ハンサムで親切、だけど孤独で寂しげなガイゲルン男爵。盗みに入るより施しを受けるほうが「恥」だという価値観は、「姉さん。僕は、貴族です」と手紙を残して死んだ『斜陽』の直治みたいですね。東西問わず、金を持たない貴族のなんと脆いことか。しかしその彼が、盗みに入ったその部屋で運命的な恋に出会います。死に体だった青年が生き生きと顔を輝かせ、しかしそれから1日とたたぬうちに命を奪われる非情。ミュージカルならたいがい誰かが死んでもその魂は消えずにそこに残る(と信じようとする)のだけれども、ガイゲルンのラストナンバーは「魂が残っている」のではなくて「いまにも消えてしまう残留思念」のようでした。ああ、もうこの人はこの世にいないんだ。鳥肌がたった。希望と絶望、生と死はすぐ隣り合わせであり、そういう人生に弄ばれながらそれぞれが必死に生きていかなければいけません。だけどこれ、それほど哀しくはないんですね。というか哀しんでる場合じゃないという感じなんですかね。いい意味での諦観にむしろホッとするラストシーンは、この作品の力+演出家グレン・ウォルフォードの手腕なんだろうな。いわんや音楽の素晴らしさ。舞台上段のオケのみなさんも20年代ヨーロッパの上流階級的な衣裳を身に着けていて素敵でした。ホテルの壁が一部、資生堂パーラーの包み紙みたいだった。あと、ホテルマン・エリック役のパク・トンハ。トンさま久しぶり。日本語上手になったじゃないすか。汗もかきすぎてないぞ!