こまりさんの、はらぺこ手帖。

なんでもないようなことが、しあわせなんだとおもう。

お茶ちゃっと立ちゃ

歌舞伎座夜の部『松浦の太鼓』。元禄十五年。吉良邸の隣屋敷の松浦邸で句会が開かれています。奉公にあがっているお縫(勘太郎)がこの座敷のすみのほうでお茶を煎れていますと…ちなみにこのお茶を煎れてる所作のひとつひとつの、なんときれいなこと。普段あのとおりにやっていたらさすがに日が暮れてしまいますが、すこしは見習って日常にうるおいを…なんてことはおいといて、ともかくお茶を煎れてお出ししようとしますと、殿が怒り出します。「なんだよ、俺にお縫の顔みせるなって言ったじゃん!」。これを聞いて俳句の師匠・基角(弥十郎)は、「あ〜、さてはお縫にフラれましたねこのこのぅ〜」みたいに殿をからかいます。そもそも殿は、既に6人ものお気に入りがいるほど女性にたいへん積極的なタイプ。いったんはそのツッコミを認め「そうそうそうだったあのときフラれたんだった、だから俺が勝手に怒ってるだけなのごめんね」で収めようとする殿。しかしこれは、そういうことにしてこの場を流そうという殿の「言い訳」だったんだろうなあ。というのは、忠義を重んじる松浦侯は、大石内蔵助はじめ赤穂の浪士たちに主君の敵をとる気配がまったくないことにずっと腹をたてていたのです。お縫は、浪士のひとりである大高源吾(橋之助)の妹。あの大高が落ちぶれて笹売りの暮らしに甘んじている、そのことが松浦侯にはもどかしく許せないのに、一方で自分がその妹を召し抱えていることについて(しかもおそらくそのお縫を憎からず思ってることも含めて)殿はかなりの自己矛盾と戦っている様子なのでした。ついにいっぱいいっぱいになった殿はお縫にクビを言い渡します。兄たちの不義を詫びながら、そして自分の身の上の心細さに涙しながらおいとまする、勘太郎さんならではのけなげなお縫。そのお縫の姿をみてさらに葛藤する勘三郎さんのなんともいえない表情がまた上手い!さっぱりした気性と明るい正義感、優しくてちょっと抜けてて、そしてカワイイ子大好きなその軽さが憎めません。しかし、基角に連れられてお縫が去っていこうとするまさにそのとき、殿は、その前の日に源吾の読んだ下の句から浪士たちの秘めた決意に気づきます。そこへきて隣家から響く太鼓の音色!討ち入りのまさにその夜だったのですね。最後の玄関の場面で、男性陣にまじって紅一点、たすきに長刀姿で参戦しようとしているお縫はやはり天然だと思うのだが、そういえば丁寧に煎れたあのお茶は、結局殿に飲んでいただけませんでした。冷めたからって一度わざわざ煎れなおしたのに、もったいない…。