こまりさんの、はらぺこ手帖

なんでもないようなことが、しあわせなんだとおもう。

ドクロBOX到着

イーオシバイからドクロBOXが届きました。
劇団☆新感線の傑作『髑髏城の七人』が
ぎっしりつまった贅沢な箱です。


ボックスに内包されたDVDは4組。
97年版秋バージョン、
2004年春のアカドクロ、
秋のアオドクロ、
そして3時間分くらいあるというボーナストラック。


あのアオドクロを手元に置いておける幸せ。
染ちゃんのあの声、杏ちゃんのあの目、
三宅ガンテツの「…うちださん!?」。


しかし観終わったら夜中の3時。
気軽に観られる尺でないところがまた手強い新感線。


髑髏城の魅力は、なにより「信長」ものであるという時点での
妖しい魔力によるところも大きいと思うのですが、
もうひとつは主人公・捨之介の不可思議さではないかと思います。


住処もいらない、お金もいらない。
「死ぬときは女の手にかかってと決めている」と洒落のめし、
ゆらゆらと気まま気楽に世を流すその姿には、
信長の影武者のひとりとして生きてきた男が、
主を失って根なし草となり果てたという悲壮感はあまり感じられません。
沙霧にみせる兄のような優しさ、蘭兵衛への父性的な友情、
忠馬たちをも惹きつけた筋の通し方…
周囲の人間にみせるそういう表情が、
彼の辿ってきた人生とあまりにもかけはなれた「健全」なものであるがゆえ、
そのギャップの奥に彼の闇があるのではないかと
観るほうは勝手に穿ってしまう。


だけど、花道を疾走する姿はただひたすらに美しく、
いつのまにか発火していたその熱に煽られて
髑髏城の奥まで入り込んだ観客は、
彼と天魔王の最終戦争、
天魔王にとってはまさにアルマゲドンの目撃者となります。


そうして戦い終えたあと、燃え尽きるでも
なくまた風のようにどこかへ駈けていく。
浮き世の義理を捨之介。
つかみきれないんですよねえ。
沙霧でなくても「待てよ!」と追いかけていきたくなる、後姿なのです。