こまりさんの、はらぺこ手帖

なんでもないようなことが、しあわせなんだとおもう。

山内圭哉への長い道のり(3)

しかし、この手のすれ違いは前にも覚えがあるぞ。
そう考えて思いあったったのは、
ミュージカル『レ・ミゼラブル』でした。


1987年、日本キャスト初演のチケットを急な用事でふいにして以来、
そののち何度再演がかかっても、
本拠地のロンドンを訪ねたときですら、
ありとあらゆる理由でみごとに見損ない続けたミュージカル大作です。
縁がないとはまさにこういうことなんだ、
というか最初のアンラッキーが祟り続けているとしか思えない、と
諦めたり感心したりしていたのですが、
そのジンクスもとうとう破られる日がやってきました。
2003年7月、帝国劇場。
いくつかの改訂をほどこし、若い役者も大勢加わって幕をあけた
新しい『レ・ミゼラブル』です。
ずっと観られなかったものをついに観てしまったら、
なにかが変わってしまうのではなかろうか。
有楽町へ向かう地下鉄の中でも、客席についてからも、
なんだかちょっと怖いような気持ちで緊張していたのを覚えています。
そして開演。


半端な衝撃ではありませんでした。


幕開けのオーケストラ、♪ジャッジャ〜ン、パッパパ〜、に
全身鳥肌がたち、
囚人たちの苦渋の吐露に胸がつまります。
そして登場した別所バルジャンと岡ジャベール。
この時点で既に号泣です(迷惑)。
ああ、これが自分にとっての「レミゼ元年」なんだ…。
鹿賀さんと滝田さんのバッテリーをこの目で観ていないことは確かに悔やまれます。
リアルタイムの舞台で歌穂ちゃんの「オン・マイ・オウン」や
ヒロリンの「夢破れて」を聴いていないのも取り返しのつかないことです。
けれども、もしそれを体験していたら、
あの2003年夏にあれだけの感動を味わうことはできなかったと思うのです。


なんだか話がどんどんずれて、
しかも大きくなっているような気もしますが、
ともかくこの「レミゼ元年」のために最初のすれ違いがあったように
きっといつか来る「山内圭哉元年」のために
『天才脚本家』を見逃したのだ。
私は、勝手に確信しました。
あせることはない。その機会を待とう。
しかしながら、次こそは見逃さないよう、
これからチラシはもっと用心深くチェックしよう。


それからおよそ1年。
その日は、ついにやってきたのでした。



(つづく)